デンキ屋の独語(ひとりがたり)

本業電気屋。趣味や関心のある事についてのひとり語り。あくまで個人の想いであり批評や批判ではありません。

映画「空の青さを知る人よ」を語る

最近、アニメ映画をよく観るようになった。
もちろん、ピクサーやディズニーのCGアニメやジブリに代表されるいわゆる親子で観れる名作と呼ばれるものは大分敷居は低くなったが、それでも50過ぎのオジサンが1人でアニメを観る画というのまだまだ違和感を感じるものである。

細野守作品の「時をかける少女」あたりからキャラクター物やいわゆるオタク系作品とは一線を画したストーリーやアニメならではの世界観を生かした作品が評価されるようになり、新海誠作品の「君の名は。」が決定的にアニメ映画の地位を「良い作品なら良い大人が観にいっても恥ずかしくないもの」に押し上げたのではないだろうか。

さて、「空の青さを知る人よ」である。
観ようと思ったきっかけは映画館での予告編だ。TVアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」のスタッフの作品らしいという曖昧な情報と、なんとなく面白そうな匂いを感じた、という漠然とした理由なのだが、予告編を見た限りでは正直幽霊か生き霊が主人公のありがちな軽いファンタジーなのだと思っていた。

現在、まだまだアニメが映画として成り立つためにはある程度現実離れした設定の話でなければならないのは仕方の無い事だ、という先入観と、予告自体それを前面に出したような編集のしかただったからだ。

この映画に関して言えばこの予告の作り方は作品の魅力をあまり表現しているとは言い難く、集客の点ではマイナス要素が強かったように思うが、おかげで過度の期待をする事も無く良い意味で見事に裏切られた。

とにかく観始めて感じたのは主人公の葵を始めとした、いかにもマンガ的なキャラクターの実に自然な演技である。
会話や画面構成、間のとり方などは比較的オーソドックスでいかにもアニメ的なテンポでありなから、その合間に見せるギターの扱い方であったり、蚊に刺されて足を掻いたりする所作などのひとつひとつが実に細やかでリアルなのだ。

実写では全然気にもならない動作であるが、これをアニメでごく自然にやって見せるのは実に難しい。というよりもそこを真面目に描写すること自体、労力の割に効果が伴わないので普通は誰もやらないものだ。
そういった細かいこだわりの積み重ねがこのアニメに不思議なリアル感をもたせ、ドラマにストーリーを追うだけではない独特の魅力を感じさせてくれているように思うのだ。

正直、あらすじを書き出してみると内容は荒唐無稽であまり説得力は感じられない。

実際、何故“しんの”が現在の慎之介がいるにもかかわらずそこに存在しているのか、ということについては結局納得のいく説明はされなかった。
その原因と思われる残した想いのようなものは語られるが、それでもこんな特異な状況になる理由としてはあまりにも弱い。

それでもそのことに関して突っ込む気にもならず素直に楽しめたのは、各キャラの演技が自然でスムーズに話を展開しながら、登場人物達は誰もその状況をそれ程疑問に思うことなく当然の事の様に普通に進行していたからだ。

しんの自身も他の人には見えない存在と言うわけでもなく、また下手に隠すこともなく普通に「実在の人物」として他の登場人物と絡んでいた事が逆に違和感を感じさせないことになったのだと思う。

結局のところこの不思議な物語と設定自体にはたいした意味はなく、まずは登場人物とその性格や魅力が最初にあり、それ等を生かす為に過去と現在のしがらみ、そして自身の想いを設定し、効果的に表現できるようにストーリーが組みたてられた結果この様になっただけ、ととれるのだ。

逆に話の方がついてきてくれるからこそキャラクター達はのびのびと自由に動き回り、泣き、叫び、笑いながら空を飛ばすことすら出来たのではないかと思うのだ。

最近は複雑な設定やストーリーが重視されがちだが、キャラクター達が物理的な制約無しに自由に動き回れる事こそがアニメ本来の、そして最大の魅力なのだという事をこの作品は実感させてくれる。

もちろん、前提として先に述べた細やかな動きを描写する技術が存在感を与えているからこそ、実際にはありえない動きや表現の仕方にも説得力を与え、空を飛ぶことを自然に受け入れさせてしまうのだ。それがなければそれこそただの絵空事になってしまうだろう。

最近多いストーリー自体は良く練られているが静止画を多用したTVアニメに感じる物足りなさを改めて考えさせてくれる作品である。

ひとつだけ違和感というか、気になった点を挙げるとすれば美しすぎた背景であろうか。
もちろん、背景単体としては写真と見間違うほど完璧とも言える美しさではある。
ただし、そこにいかにもアニメキャラの登場人物が立った際、それこそ写真の上に紙のイラストを置いたかのような違和感を感じたのだ。
最近のアニメの流行りなのか、このところやたらリアルな背景が描かれるようになったと思う。例えば「天気の子」でも美しい都市風景が描かれている。
だが、リアルではあってもそれは不自然なくらい美しく誇張されており、キャラとのバランスが取れる様にあくまでアニメの背景として描かれていた。
「そら青」の背景は淡い色合いや細かい濃淡を使った秩父の自然を表現し、世界観にも合ってはいるのだがそれがキャラの質感とは上手く噛み合わなかったのだ。

とはいえ、背景も含む全ての完成度が高いからこそ感じたことである。
画の質、動きの質はもちろん、ストーリー展開や登場人物達の掛け合いも最初から最後までテンポよく進行し、あいみょんの曲ともシンクロした盛り上がりから、ホッとさせるエンディングまで見事にまとまっており、何度でも観たい良質な作品だと素直に思う。

余談だが、私は「空の青さを知る人よ」より、どちらかといえば「葵」の方が好きな曲だ。