デンキ屋の独語(ひとりがたり)

本業電気屋。趣味や関心のある事についてのひとり語り。あくまで個人の想いであり批評や批判ではありません。

いつもと趣向を変えて久留米ラーメンのお話

私にとってのラーメン

私は福岡県久留米市の外れの出身なのだが、地元ではラーメンといえば当然豚骨の久留米ラーメンである。
いきなり個人的な話からになるが、私は子供の頃豚骨ラーメン以外のラーメンを見たことが無かった。
ラーメン店のスープは全て普通に豚骨であり、醤油ラーメンや味噌ラーメンといったいわゆる普通のラーメンは即席めんでしか見たことがなかったのだ。
なのでテレビドラマ等でラーメンをすすっているシーンを見たときには何故店でインスタントラーメンが?と不思議に思っていたものだ。

私が3歳か4歳位の頃会社員の父がラーメン屋をやっていた時期があり、店舗の2階で生活していたことがある。
ラーメンを出前で頼んだ際、汁が零れない様に上にラップを被せているのを見た事がある人もいると思うが、まだラップがメジャーではなかった当時、父の働いていたその会社ではビニールシートの周囲に輪ゴムを巻いた物、まあヘアキャップをイメージしてもらえば分かり易いと思うがとにかく汁を零さないための商品を販売していた。
そこの社長は結構変わった人物で、まだ発売したばかりで認知度の低いその商品のデモンストレーションの為にわざわざラーメン屋を開くことにしたのである。
その際、調理師免許を持っていた父に白羽の矢が立った訳だが、元々凝り性である父は有名店できちんと修行をし、自分なりの味を確立して店を開いており、なかなか繁盛はしていた記憶がある。
その期間は短いものだったが、これも会社の都合で店を畳む事になった時にその事を惜しむ人がお金を出すから店を買い取って続けないかと言われたそうだ。

そんな訳で物心ついた頃には毎日の様にラーメンを食べる機会があり、その味が私の記憶に染み付いているのだ。

本場の九州豚骨ラーメンとは

豚骨ラーメンと言えば東京では白濁したスープに極細の縮れ麺、キクラゲ、紅生姜、場所によっては明太子や高菜といったトッピングのチェーン店を思い出す人も多いのではないだろうか。

まあそのイメージは概ね正しい。確かに博多ラーメンの系統でお土産などで売られているラーメンは正にこんな感じである。ただし、実際に食べてみてこれが本場九州の豚骨ラーメンかと言われれば異論のある人は多いはずだ。

私も本場の博多ラーメンや各地のラーメンを食べ比べた訳でもないので偉そうなことは言えないのだが、少なくとも東京で食べる豚骨ラーメンと呼ばれている物は私の食べ慣れていた久留米ラーメンとは味もこってり感も全くの別物で、風味が多少似ている程度でしかない。

ではそれらが偽物だと言うとこれもまたそうとは言い切れない。というのも、県や地域によっても主流となる味やこってり感はまちまちで、これこそが本場の九州豚骨ラーメン、と呼べる様な明確な特徴は実は無いというのが本当のところだからだ。

大枠で九州豚骨の共通点といえばその名の通り豚の骨を煮込んで出汁を摂っていることくらいで、それ自体も豚骨以外に鶏ガラ等を併用してあっさりとした感じを出したり、逆にねっとりとした食感を出したりと濃さも風味も様々だ。
それどころか白濁スープですらない店もあるらしいのでスープひとつとっても千差万別なのである。

麺もストレートで細麺が主流ではあるが、縮れ麺も全く無いではないらしいし、太さも東京よりは細い程度だったり極細だったりとこれもまた様々だ。ただ、太麺やモチモチとした食感の麺はなく、味も比較的蛋白で喉ごしの美味しさが共通した特徴と言える。
結局、東京の醤油ラーメンが店によって出汁の取り方や味付けに個性がある事と何ら変わらないということである。

私の記憶の中の久留米ラーメン

今回私が取り上げる久留米ラーメンだが、ひとまず私が地元にいた70〜80年代の頃の記憶から触れていきたい。

久留米は豚骨ラーメン発祥の地と言われているが、特に濃厚なこってりとしたスープが特徴とされてきた。
どろりとした食感すら感じる程の脂の濃さと非常にアクの強い味で、白濁というよりはむしろピンクに近い色合いである。

当時の久留米ラーメンのイメージは良く言えば野性的で飾らない、悪く言えば粗野で安くて手軽に腹にたまるジャンクフードのようなものではなかっただろうか。
日常的に食べるものではあったが特別ご馳走というわけでも無く、ましてや観光客がわざわざ食べに来るようなものではなかったと思う。

子供の頃から慣れ親しんでいた私は気にならなかったのだが、久留米ラーメンはとにかく豚の脂の匂いがきつい。
昔は店内に入るとむせかえるような脂の匂いと湯気となった脂で床がヌルヌルとしているのが当たり前だったくらいではあったが、他の地方の人にはこの匂いが腐臭に感じられて耐えられないらしい。
東京の豚骨ラーメンが私にとっては非常に豚骨感の薄いあっさり味に感じるのは、要はこのくらいの匂いが限界でこれ以上に濃くはできないということなのだ。

麺も最近は極細麺が主流の様だが、昔はもう少し太め(とはいっても東京に較べれば充分細いが)だった。当然ながら極細麺ならではの茹でかたであるバリカタやハリガネといった呼び方も私は聞いたことがなかった。
トッピングもせいぜい細ネギと豚バラ肉に焼き海苔くらいで紅生姜はあくまでお好みだ。

私が子供の頃は、東京の街中で見かけるような大衆食堂的な中華料理店は見た記憶が無く、その役割を担っていたのがラーメン屋であった。

内容自体は大衆食堂に近いものだが、基本は豚骨ラーメンとチャンポンがメニューのメインであり、その他のメニューの記憶がない。ギョーザや焼き飯(あまりチャーハンといった呼び方もしていなかった気がする)くらいはあったと思うが、まずはラーメンありきだったのだ。
逆にチャンポンと聞いて意外に思う人もいるだろうが、実は豚骨ラーメンの白濁スープはチャンポンのスープが元祖であり、ラーメンと同じ位定番のメニューだったのである。

大衆食堂型店舗のラーメンはご飯のおかず的な役割もあることから久留米ラーメンにしては、という注釈は付くが比較的あっさりとして食べやすいスープが多かった。

久留米ラーメンが非常にこってりした印象が強いのは街道沿いのラーメン専門店の影響が大きいのではないかと思う。
特に国道3号線沿いにある「丸星中華そばセンター 本店 (丸星ラーメン)」は昭和33年創業の老舗であり、今もほぼ味やスタイルが変わっていない。
久留米ラーメンを語る上で外せない象徴のような店と言えるのではないだろうか。

国道3号線は九州を縦断する幹線道路であり、九州自動車道が整備されるまで物流の大動脈を担っていた。また久留米は佐賀や長崎、熊本方面への分岐点にあたり、そしてブリジストンの本社もあるなど交通の要衝であったのだ。
丸星ラーメンはそんな好立地の場所で、当時としてはかなり珍しい24時間営業の店舗だった。トラックの停めやすい駐車場もあったので長距離ドライバーの食事場所として最適だったのである。
そうしてドライバーの口コミによって久留米ラーメンの濃厚な味の印象が拡がっていったのだ。

これもまた個人的な事だが、父がラーメン屋を畳んだ後に越してきたのがたまたまその丸星ラーメンのすぐ近所だった。元々ラーメン屋に馴染みがあり、友達の母親がパートで働いていた事もあって丸星ラーメンに良く遊びに行っていたものだ。

丸星ラーメンの特徴は良くも悪くも非常にシンプルでスタンダードな味と濃さにある。
立地条件もそうだが、高速道路のサービスエリアやドライブインのような営業形態であり、セルフサービスのおにぎりといなり寿司、自家製おでん等と共に食べるラーメンは味に凝った専門店というよりはとにかく手軽に、大量に捌く事を意識したスタイルだったのだ。

そのためかどうかは分からないが、味付けは実にシンプルで特別な食材はあまり使って無かったのではないかと思う。
また、24時間営業のため絶えずスープを作り続ける必要があり、年中パートのおばさんが豚骨をグラグラと煮込んでいたのを憶えている。
実はこの大量の豚骨を絶えず煮込み続ける出汁の旨さこそが味の秘密であり、それを活かす余計な駆け引きのないスープが丸星ラーメンの良さではなかったかと思うのだ。

こう言っては誤解を招きそうだが、正直味や濃さにこれといった特徴のない丸星ラーメンに対して、当時の地元の人間には評判が良かったとは言い難い。
むしろ味も濃さも久留米ラーメンとしては極めて普通だったからこそ他の地方の人達には受け入れやすかったと言えるのである。

他にも街道沿いには丸星以上に濃厚なスープを売りにした専門店が多かったこともあり、久留米ラーメンは濃厚こってりのイメージが定着していた。
私自身の記憶にあるラーメンもまさにそれであり、久留米ラーメンはそれが普通という感覚だったのだ。
中でも当時評判だったのが国道210号線の「大龍ラーメン」ではないだろうか。
久留米ラーメンの中でも随一の濃厚さとどろりとしたこってり感、そして昔ながらの中細麺とこれもまた奇をてらわない味で王道と呼べる久留米ラーメンだったのだ。メニューもラーメンとせいぜいチャーシュー麺くらいだったと思うがその潔さも久留米ラーメンの店らしくて私は好きだったのだ。

現在の久留米ラーメンの変化

そんな私が東京に出てからも、ラーメンの味の基準は豚骨スープであり、久留米ラーメンであった。

勿論、それは醤油ベースや味噌ベースのラーメンを否定するという事ではない。
東京で出会った醤油や味噌ベースの縮れた太麺というラーメンは私にとって実に新鮮だった。
自己主張が強く他の料理との組合せを拒む久留米ラーメンと違い、どんな料理とも相性の良いあっさりとしたスープは非常に美味しく、それはそれで楽しめたのである。
また家系ラーメンのような濃厚なスープも、方向性は違っても久留米に負けず劣らずで嫌いではない。

ただ、そうは言っても地元を離れてみると無性に久留米ラーメンが恋しくなるものだ。
東京のラーメン店は醤油や味噌の他に豚骨ラーメンも扱っている店もあり、その事には驚きつつもとりあえずは豚骨を頼む事が多かった。
また、吉祥寺のホープ軒や調布のバスラーメン等、豚骨スープを売りにしているラーメン店にも行ってみたこともある。

だが、どの店でも私の食べたいラーメンに出会う事は無かった。
どこも独自の味付けは美味しいし、豚骨の雰囲気はそれなりに味わえるのだが、やはり久留米ラーメン独特の匂いやこってり感はどうしても感じられないのだ。
まあその事実は先に触れた通り、東京の人には匂いがキツすぎて受け容れられないのだから仕方がない。

なのでたまに帰省した際には必ず地元のラーメンを食べていたのだが、この数年久留米ラーメンに違和感を感じるようになっていた。

どの店も昔の久留米ラーメン独特のこってり感があまり感じられないのだ。

そう思うようになった元々のきっかけは210号線沿いに大砲ラーメンの支店が開店した頃ではなかったかと思う。

大砲ラーメンの本店も実は昭和28年からある老舗だ。
店舗自体は大通りから少し入った住宅街のような場所にあるのだが、店舗の駐車場以外にも周辺に多くのコインパーキングがあり、行列の絶えない人気店だった。(もっとも私はその頃まだ本店で食べたことはなかったが)
ただ、評判は聞いていたがその立地と食べるのが難しい事から知る人ぞ知る名店、という立ち位置だったのである。

噂の行列店が大通り沿いに開店したとあって私も食べてみたが、極細麺とかなりあっさりとしたスープには驚かされた。
勿論久留米ラーメンにしてはという意味ではあるが、脂の臭みはかなり抑えられており、それでいて味は深みがあって非常に美味しい。
それまでの久留米ラーメンのこってり感を代表する大龍ラーメンとは対極に位置するラーメンだったのである。

濃厚こってりな味を期待していた私としては少し肩透かしを食った印象だったが、地元に住む家族達にはかなり好評だった。
確かに、最近の健康志向で塩分や糖分、脂質を抑えたものが流行する中、久留米ラーメンの味や濃厚さは地元の人にもしんどくなっていたようで、大衆食堂型のあっさりとした、しかも凝ったスープというのは新鮮だったようだ。

それに今では本場の久留米ラーメンを食べようと観光客も訪れる様になったので、そういった人達には比較的食べやすいのではないかと思う。(それでもまだ豚骨の匂いか強いのは確かなので好き嫌いは分かれるとは思うが)

ただ、私自身にとってこってり感を抑えて美味しさを追求するラーメンというのは東京でも食べられるので、それ程新鮮味があるわけではないのだ。
美味しいことは間違いないのだが、私の食べたかったラーメンではなかったのである。
あくまでも個人の好みの問題なだけなのだ。

だが、それについては心配はいらない。
大砲ラーメンではメニューとして昔ラーメンという昔ながらの濃厚なスープも提供しているのだ。
こちらは(私にしてみればまだ濃くても良いくらいだが)充分満足できるので本場の味が食べたい人には是非こちらをおすすめする。

話は戻るが、どうやらその頃からこってり感を抑えた極細麺の久留米ラーメンが主流となっていったようなのだ。
私も何軒か人気店と呼ばれている店を食べ比べてみたが、確かにどこも似たような味や濃厚さになっていたのだ。

私がショックだったのが、あの濃厚さが売りのはずの大龍ラーメンですらも昔のこってり感が無くなってしまった事だ。
スープの味や中細麺の見た目は変わっておらず、美味しいことは変わりないのだが、昔の強烈な濃厚さはすっかり影を潜めてしまっていたのだ。
そのためか、脂に負けない為の濃いめの味付けだけが妙に際立ってしまい、少しくどい印象が残ってしまうのだ。
更にワンタン麺やつけ麺、チャーハンなど、さまざまなメニューが増えており、ラーメン一本で勝負している雰囲気ではなくなっていることが非常に残念だった。できれば是非昔の濃厚さを取り戻して欲しいものだ。

今、最も昔ながらの久留米ラーメン

今ではどのラーメン店も趣向を凝らし、独自の味付け、独自の食材で勝負しているのはよく分かる。
何度も言うようだがどのラーメンも充分満足できる程美味しいのは確かなのだ。
ただ、久留米を離れて久しい身としてはどうしても昔ながらの久留米ラーメンが食べたいと切に思うのである。

今、手軽にその味が楽しみたいのならやはり丸星ラーメンだろう。この店の味は昔から全くと言っても良い程変わっていない。
当時はそうでもなかったこってり感も、現在ではむしろ濃いめの部類になってしまったのはなんとも皮肉な話だ。
凝った味でもとびきり濃い訳でもないが、久留米ラーメンのスタンダードをずっと維持し続けている事は素晴らしい事だと思うのだ。

実は、もうひとつ本当に昔ながらの久留米ラーメンを食べられる店がある。

筑紫野市にある「うちだラーメン」だ。
実は私の父がラーメン屋を始めるにあたって修行したお店というのがうちだラーメンの店主の親父さんのお店らしい(父の話というだけで確認が取れていないこと、うちだラーメンの店主さんが代替わりしているかもしれないので信憑性は定かではないが)のだ。

数年前に今の場所に移転して、父からもその噂は聞いていたのだがなかなか食べる機会がなかった。
年末年始や盆休みの休業期間が長く、通常営業時間も11:00から16:00までという条件は、同じく年末年始や夏休みを利用して帰省する私にはかなり厳しい。
先日、ようやくGWを利用して食べるチャンスを得たのだ。

国道3号線から少し入った街道沿いの店だが、看板が少し分かり難いので注意が必要だ。
ラーメン以外にもチャンポンがメニューとしてあり、しかも通常の物と皿うどんタイプのチャンポンがあるなど典型的な大衆食堂型の店舗だ。
それまで何軒か回った評判の店でも私の望む味に出会えなかったこともあり、あまり期待し過ぎないようにと自分に言い聞かせながら店に入るとあの独特の脂の匂いだ。勿論久留米ラーメンの店なら当然の匂いなのだがどこか懐かしい。

替え玉もできるが何故か2玉のダブルラーメンの方が安いのでそちらを注文する。

見た目でまず感じたのが濁りのない澄んだスープだ。
勿論久留米ラーメンなので白濁はしているのだが、よほど丁寧にアク取りをしているのか脂が澄んでいて表面に脂が浮いているように見えないのである。

ひと口目をすすった時の感動は説明のしようがない。
まさしく文句なしの昔ながらの久留米ラーメンであり、しかも私の記憶に染み付いているラーメンの味そのままだ。

大抵の場合は脂の濃さに合わせて味も濃い目になっているものだが、ここではスープの出汁は非常にこってりとした濃厚さでありながら味自体はやや抑えめにしており、麺の味と喉ごしが楽しめながら最後まで飽きること無く食べることができる様になっている。
スープの出汁の旨さとこってりとした濃厚な脂、そしてあっさりとした味付けが非常にバランス良くまとまっているのだ。

最近の極細、あっさりの流行から外れていることもあり、好き嫌いが分かれるという話もあるがこの味を求めている人は必ずいる。是非ともこのまま変わらずにいて欲しいものだ。
できれば私が帰省した時に営業していてくれると大変ありがたい。その時はラーメンは勿論だがチャンポンの方も味わってみたい。